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 大河ドラマの天地人が始まって2ヶ月。
 まぁまぁの視聴率で日本中が愛だ義だであふれかえっている。
 そんな上杉家の米沢市。
 冬の名物、雪灯篭祭りにあわせて、3日間の米沢散歩第1日目です。



全ルート
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米沢市内
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出発の朝

 米沢の雪灯篭祭りを見物に。
 お祭り自体は明日の土曜日、日曜日の両日開催なんですが、前日金曜日に前乗りです。
 お祭りの前に米沢の街を満喫したいって言うのと、土地勘を付けておきたいため。

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 そんな米沢行きの朝、まだ暗いうちに家を出て、東京まで横浜6時15分発の東海道線に乗り込みます。
 駅は閑散としていたんだけれども、車内は出勤の人で座席はいっぱい。そうか、平日なんだ今日はって実感です。
 しかし、早朝から出勤する人がこんなに沢山いるとは。
 新橋まで約30分座る事が出来ず。これは想定外だなあ。


 新幹線に乗る前に東京駅で腹ごなしでもしようと思ってちょっと早めの到着。
 早めに付いて何か食べようと思っていたのに、東京駅で朝から営業している食堂がない。
 何しろ期待していた立ち食い蕎麦屋すらない。なんと東京駅、中途半端。電車が動いているんだから、食堂くらい用意しておけよって、わがままじゃないと思うけれども。

 それでもやっと見つけた、早朝営業の駅の蕎麦屋。
 そこは駅蕎麦というよりは、普通の蕎麦屋さんでした。

 東京駅で食べた蕎麦の詳しい模様はこちらから。
 「東京駅蕎麦 いろり庵」


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 まぁまぁ腹もふくれた所で、東北新幹線ホームへ。
 ホームにはすでに7時17分発のつばさ103号が待っている。
 山形新幹線のつばさは福島までは東北新幹線とランデブーで進む。
 ホームでの連結部分は何だかけむしとモスラの接吻みたいで見ているこっちがこっ恥ずかしくなる。
 折角の空力設計もこれじゃ台無しだろうって思うんだけれどもどうなんだろう?宣伝ほど空力なんて大した事ないってことなのだろうか?えてして技術力は経営効率化の前に無駄足を踏まされるものです。技術者の思い込みなんてそんなものだ。

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 山形新幹線は新幹線の本線に比べて少し小さめの車両。
 乗車するのは初めてです。秋田へ行く新幹線もこんなものなのかな?
 何となく普通列車に乗っているみたいな雰囲気。
 これで、2時間少々の旅。現代科学にかかっては米沢はあっという間、小山で評定を開いている暇なんてありませね家康さん。一豊殿の手柄も無くなってしまいますね。

 爆睡のまま新幹線は8時54分福島駅に到着。
 つばさは福島駅でMaxと分かれて、奥羽本線を自走です。
 ここからはミニ新幹線。奥羽山脈の山と山の間を縫うように右往左往。どうにもならない所はトンネルで。トンネルを抜けるごとに雪が深くなる車窓。何だかやっと東北に来たって感じに。
 
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暖冬?雪不足?米沢駅

 9時29分米沢駅着。
 奥羽山脈を越えて置揚の盆地に入ったとたん雪が消えていて、米沢駅には雪が全然ない。
 駅前のロータリーも、歩道の角に除雪された雪が残ってはいるけれども、道路にはいっさい雪がない。地球観光はかなり変化しているのだろうか?暖冬の影響?2月に雪がない雪国。米沢の印象が覆されます。

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 取りあえず米沢には着いた。 
 さて、どうするかと決して広いとは言い難い駅舎内を見ると立ち食い蕎麦屋が。
 おお、立ち食い蕎麦フリークのオイラとしてはもう我慢がならない。
 米沢駅立ち食い蕎麦、早速実食。

 これがなかなか旨いんで驚き。
 東北っぽくはない落ち着いた出汁、そのくせ田舎っぽい太めの麺。
 バランスが良い、蕎麦の麺自体が旨い。
 米沢、さい先のいいスタートです。
 
 そんな、米沢駅立ち食い蕎麦 鷹の実食の詳しい模様はこちらから。
 「米沢駅 駅蕎麦 鷹に感動」

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米沢周遊 シャトルバス

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 腹もふくれたし、じゃ米沢の街を見に行きますかという事で、では、どこに行こう?
 鷹の目の前にある観光案内所へ。
 一応、米沢の観光情報などを聞いてみる。

 説明によると、見どことは3カ所。
 米沢城趾、上杉家の墓、直江兼嗣の墓がある上杉家の菩提寺。
 小さい街ですよと謙遜するが、そんなことはないと思うなぁ。
 何しろその3カ所の観光地の見所が、また微妙な気距離感で存在している。

 どうもそれらを結ぶために市内循環バスが運行しているらしく、これは、観光地から官公庁、買い物の場、医療機関などをぐるりを回る市民の足だそうです。
 これが右回りと左回りと称して2本のルートが運行していて、1回乗車が200円。1日乗車券が500円だとか。
 それぞれの観光地はこのバス停で降りて・・・なんて丁寧に説明してくれるんだけれども、最後の方は少しうざかったかな。親切なのは東北の人気質っぽくってよかったんだけれども、おかげで循環バスに乗り損ねそうになったよ。

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 とりあえず循環バスに乗って市内を一周してみようと思って乗車することに。
 10時5分発の循環右回り。車内で1日乗車券を購入。
 
 出発してまずは県営アパートと市立病院の福利厚生エリア。
 そして、上杉神社などのメイン観光地。
 お城を回り込んで山形大学、昔ながらの住宅地。がらがらで出発したバスはこのあたりでは満員に。
 そして、菩提寺、御廟所。
 お城の北側がNTTや市役所などの公共施設。
 そしてサティーなどがある流通の街。
 米沢駅に戻ってきての一周40分程度に40近い場所に停車する。まさに市民の生活の足だ。

 サティ前で降りていった前の席に座った女子高生の2人組のしゃべり方が、スイングガールズの映画を見ているみたいで楽しかった。
 山形弁って言うのか、米沢弁って言うのか、何ともかわいらしいイントネーションです。

 とりあえず、市内の規模、方位、施設などの位置が大体把握できた。
 さて、ではこれから市内観光に繰り出しますか。
 

おいおい、天狗だなぁ 鯉六十里

 循環バスを降りて時間は11時。
 そろそろ昼飯の時間だ。
 米沢の名物と言えば牛と鯉。
 米沢で鯉といえば六十里。
 何でも少しお値段が張るみたいなんだけれども、せっかくだから、そこで鯉でも食べますか。
 オイラ鯉が大好きなもので。

 鯉の六十里がまた駅から微妙な距離。
 今日は雪が少ないから良かったけれども、例年通り(?)雪が多ければ絶対歩けないだろう。
 車での移動が基本なら、冬の間の観光は成り立たないのか。

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 雪が少ないとはいえ日陰の歩道にはまだまだ雪が残って歩きにくい。
 そんな道のりを駅から15分近くかけてたどり着いた六十里、駐車場にはテレビ局のマイクロバスが止まっている。いやな予感。
 店内に入ると、何だか撮影中みたいな雰囲気。どたどたとスタッフらしい人が出入りしている。
 靴を脱いで、お店の人を太鼓で呼ぶ。すると、今日は撮影のためお客は入れられないとのこと、13時を過ぎれば大丈夫だみたいなことをいう。
 だって、店の入り口に準備中の札すらなく、思いっきり営業しているって言うのに。
 大体テレビ局も何でこんな昼時に撮影に来るの?12時の昼時を思いっきり撮影時間に充てるなんてどういう神経をしているんだ?どうせ客など来ないとでも思っているのだろうか?そうだとすると馬鹿にされたものだ。

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 鯉が名物だと言うから駅からわざわざやってきたって言うのに、なんだよそりゃ。
 そもそも、鯉が名物の米沢の街で、他に鯉を食べさせる店がない。
 ここのみでだけが食べさせる唯一の店だとするのなら、そんな名物聞いたことがない。
 鷹山公が始めたと言われる鯉の養殖、殿様商売の行き着く先は自然と知れたものだろう。
 米沢で鯉なんて食ってやるものか。鯉は諏訪で食うに限る。


赤味噌絶品 孫悟空

 鯉を食べようとしてミソがついた。
 じゃぁ、米沢の名物ラーメンに切り替えるか。
 割と近くの市民病院の蕎麦に孫悟空という有名なラーメン屋があったはず。
 どんなラーメンを食べさせるカマでのリサーチは出来ていないんだけれども、米沢で食べる米沢ラーメンの1軒目としては上出来かも知れない。

 いろいろとふらふらしながら訪れたので、孫悟空までは30分近くかかったけれども、それでも12時前にたどり着けた。
 
 黄色いのれんが目印の孫悟空さん。
 ぎりぎり昼前にたどり着けたので、すんなりと入店。まぁ、平日だから、そんなに混むってこともないのかも知れないけれども。
 
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 寒い中歩いてきたから、暖まりたい。
 メニューを見ると辛味噌ラーメンが。
 それが米沢ラーメンではないことは理解しているけれども、この寒さ、辛味噌ラーメンを頼むでしょう。

 そんな孫悟空、辛味噌ラーメンの実食の模様はこちらから。
 「孫悟空 辛みそチャーシューラーメン 心も体も温まる」


 いやー、満腹。
 満足の孫悟空でした。
 鯉なんか食べるよりも全然良かったかも。って、少し負け惜しみかな?


米沢城 神社一式

 ラーメンで満腹。
 そのまま今日の目的である米沢城跡へ。
 バスがいつ来るかいつ来るかと思いながら歩いていると、何となくついてしまったって感じ。
 米沢の街は歩いていておもしろい。
 昔ながらの建物があったと思うと、近代的な建物があったり。
 昔ながらの建物って言っても、本当にしゃれにならないくらい昔からの建物だったり。
 あぁ、人が暮らしているんだなぁって思いながら歩いていると、距離感を忘れます。
 ただ、建物はおもしろいんだけれども、街に人が少ないなぁ。まぁ、病院エリアから、お城跡までは繁華街ではないからこんなものなのかも知れないけれども、しかし人が少ない。
 大河ドラマで盛り上がる東北の城下町も過疎なのだろうか?

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 米沢城跡にたどりつく途中に九里学園って言うところがあって、そこではすでに雪灯籠が飾られていました。
 雪灯籠って、こういうもののことを言うのかって、初体験。
 ここの学校は校舎も何だかすてきな感じ。
 歴史が深い地方の城下町の学校って感じで本当に良い感じで。きっと自慢の学校なんだろうなぁ。

 九里学園を過ぎると米沢城跡は目と鼻の先。
 
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 伊達政宗が生まれて上杉家が江戸時代を過ごした米沢城は今は上杉神社の境内です。
 こういう形で残っているお城跡って言うのは珍しいのでは?
 もっとも石垣や天守閣がそもそも構えられていなかったとか。
 複雑な上杉家の事情を物語っているものなのだろうか?

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 表通りから伝国の杜と上杉城趾苑の間が本丸への道。
 まぁ、ここからが米沢城跡のような感じがするんだけれども。
 その間の道には雪灯籠作成前の雪がベニヤ板に止められて等間隔に置かれてあった。
 お、雪灯籠ってこうやって造るのか。
 そこかしこで雪灯籠造りも始まっている。
 今晩がプレ点灯、明日明後日と雪灯籠祭り、今が製造の真っ最中みたい。
 何だか舞台裏をのぞいてしまったみたいで申し訳ない。

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 上杉城史苑の裏手に松岬神社が。
 上杉神社の摂社で、上杉鷹山公、上杉景勝公、直江兼続、細井平洲、竹俣当綱、莅戸善政を祀る神社。
 元は中興の名君上杉鷹山公は上杉神社に合祀されていたものだが、上杉神社が別格官幣社に列せられる時に、米沢城二の丸世子御殿跡に設けた摂社「松岬神社」へ遷されることとなったそう。
 その後、大正12年に景勝公、市制50周年の昭和13年に直江兼続、鷹山の師・細井平洲、鷹山の下で活躍した竹俣当綱・莅戸善政を合祀し現在に至っているそうです。
 まぁなんと大所帯。しかし、拝殿は大所帯を合祀している割にはこぢんまり。
 県社にしては驚くほど小さい。
 質素倹約は鷹山公の口癖だからだろうか?

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 ここには、鷹山公の座した銅像がある。
 正座した銅像って言うのも珍しい。
 そのすがすがしい姿が何だか凛々しい。

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 松岬神社神社を見物していると、裏手の幼稚園から園児が雪灯籠造りでも見に行くのだろうか?保母さんに連れられて行列で出てきて、こんにちはって元気に挨拶された。
 なんとまぁ。暖冬とはいえ寒い雪国、何だか少し心が温かくなりました。
 人はいつまであんなに無邪気でいられるんだろう?

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 思わずしょぼって言いそうになった松岬神社を後にして、雪灯籠造りが忙しい米沢城本丸、上杉神社へと堀に架かる橋を渡ります。
 米沢城、石垣がないって今ひとつ気分が出ないなぁ。
 武田信玄の武田館みたいに、人が石垣だって確たる信念があったのなら良いんだけれども、15万石の城下町にしては質素過ぎじゃないの?
 結局ここでしっかりとしたお城を造っておかなかったから、幕末、城を枕に新政府軍を迎え撃つってことが出来なかったのでは?
 低い土手、棒でもあれば、簡単に超えられそうな堀、平和の象徴みたいな本丸内はここもまた雪灯籠造りの真っ最中。
 
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 参道に慌ただしさが漂って、落ち着いた雰囲気がないのが残念ですが、それも明日のお祭りのため。
 雪灯籠造りの中を参拝します。
 社はきわめてこじんまりとしては居ますが、厳かな雰囲気。
 上杉謙信がまつられています。
 大河ドラマで言うところの阿部寛ですね。
 旧社格は別格官幣社。大正8年の大火で境内は本殿以外全焼、伊藤忠太の設計により今の社殿が再建されたとか。
 まぁ、元々米沢城の本丸跡で、神社の建設も明治9年だから割と新しい神社であることは確かです。

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 しかし、お城跡を一族の神社にしてしまうって言うのも斬新なアイデア。
 上杉家は米沢に根ざしていたのですね。
 
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 上杉神社横には春日神社がひっそりと。
 何でも上杉鷹山が誓詞を奉納した神社だとか。春日大社から勧請なのだろうか?米沢に引っ越し前の春日山城に関連しているのだろうか?
 江戸時代は上杉神社はなかったわけで、城内の守り神だったのでしょう。

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 そのまま、本丸跡を抜けるために北側の堀を渡しました。
 こちら側は日当たりが悪いのか堀の水には氷が残っていかにも寒そう。
 いつもはお城跡全体がこういう景色なんだろうなぁ。
 でも、冬に堀の水が凍ってしまうのなら、ただでさえ石垣のない米沢城、守りは本当に緩いものだったことだろう。
 
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上杉伯爵邸

 お城の本丸を出たところに上杉伯爵邸(上杉記念館)があります。
 立派な門と塀。
 明治29年に上杉14代茂憲氏が伯爵邸として建築したもの。当時は敷地5000坪と想像を絶する広さだったとか。
 しかし、大正8年の大火で消失。大正14年に再建されたそうです。

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 鷹山公登場までは貧乏で有名な米沢上杉家ですが、明治大正期になってもかなりお金があったと言うことでしょうか?こんな豪邸建てちゃって、そうなると、質素倹約のいい話が眉唾のような気がしてしまう。
 でも、上杉家は伯爵だったんですね。明治維新の時のごたごたで減俸されたのが痛かったのか?本来15万石のままだったら、侯爵であったはず。はたして、華族の爵位の違いがどれほどの立場の違いや収入の違いを生んだかは知りませんが、上杉は伯爵だったのかってのも少し驚きです。

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 現在、ここの建物内は、米沢の郷土料理を良いお値段(Goodではなく高いという意味です)で提供する施設。まぁ、今のオイラにとっては関係ない所か・・・お庭は浜離宮を模して造園され、米沢3庭園の1つと呼ばれているそうなのですが、こちらは雪が残ってどこがお庭なのかどこが池なのかの区別も難しくなっている。
 うーん、こちらは冬にくるところではなかったかな。
 庭園は雪がかぶって分け分からなかったけれども見物は無料って言うのがよかったかな。

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 しかし、立派な建物。
 こんなところで昼飯を食うってのもよかったかも知れない。


天地人博開催中

 上杉伯爵邸を出て、再びお城の正面に回り込んできて、伝国の杜へ。
 妙に近代的な建築の伝承の杜は、箱物行政を感じないわけではない。
 平成13年に、博物館・文化施設として誕生だとか。
 今でこそ、大河ドラマに乗っかっての天地人博2009を行っているから良いけれども、このブームが去ったとき、果たしてここでは何を展示するのだろう?

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 大人一人700円。
 展示は大河ドラマがメイン。
 ただ、直江直江といったところで、120万石の上杉家を30万石にした張本人だとしか思えない。
 米沢の人にとっての感情は複雑なものなのでは?

 たぶん米沢の人にとっての心のよりどころはやはり鷹山公。
 展示も多いです。天地人博だっていうのに。

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 大河ドラマとタイアップ?で、この展示の費用はどこが持っているんだろう?
 NHKって、最近やたらと宣伝じみているし、大河ドラマにしたってアイドル番組みたいになってきている。
 重厚できちんとした造りを期待しても、国営放送ですら、もう、そういう時代ではないのだろうか?

 愛や義よりも視聴料。
 NHKもつまらなくなったなぁ。


米沢牛串絶品

 最近子供だましみたいだと強く感じる大河ドラマ。
 そんな展示を見終わって、次々と出来上がっていく雪灯籠を横目に上杉城史苑へ。

 ここは大きなお土産物屋。
 米沢土産には事欠きません。
 どうせ買うんなら明日にしたい。
 とりあえず何を売っているかだけを物色して、今日の所は・・・。

 ただ、苑の横で営業している牛串屋さんに捕まった。
 米沢牛って言う文字に逃げることが出来なくなって、食べました。1串1000円。
 たけーって思うか適正って思うかは、食べてみてからのお話で。

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 でももの凄くうまかった。
 そんな「べに花庵」の絶品牛串の実食の模様はこちらから。
 「米沢牛 べに花庵の絶品牛串でもちょっと高価」


米沢の餃子 江戸久の餃子

 絶品の米沢牛串を食べて、ビールを飲んだらもう居酒屋モードに。
 どこかで何か米沢らしいものはないかと調べたら、何でも米沢では有名な餃子屋があるとか。
 上杉城史苑からも結構近いらしい。じゃ、行くしかないでしょう。
 食べてばっかりだけれども、まぁ、それも旅の醍醐味だから。
 
 何だか路地裏の店って感じの江戸久さん。
 大丈夫だろうかっていうたたずまいです。
 ぱっと見た感じは、やくざの巣窟みたいな雰囲気。
 餃子がうまい店だって教えてもらっていなければ間違いなくパスする感じです。

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 少しおっかなびっくりでのれんをくぐって店内へ。
 果たして!そんな江戸久さんで食べた餃子実食の模様はこちらから。
 「米沢の餃子 餃子の江戸久 」


ど真ん中弁当は本当にど真ん中か

 餃子で満腹。ビールは良い調子。
 後はゆらゆらと駅まで戻ります。

 途中、龍泉寺という史跡があった。
 戦国、江戸と上杉の歴史を見てきたけれども、一気に幕末に。
 ここには、会津から援軍の要請に来て断られたため自刀した堀粂之助の墓があるところ。
 平治を謳歌していた江戸時代の人たちが、いざとなるとさすがは武士です。
 米沢も降伏が決まっていたからって、何とか会津に人を出すくらい(くらいってのが大事なのだろうけれども)のことが出来なかったのだろうか?
 江戸時代世継ぎ問題で上杉がどたばたの時に、助けてくれたのはどこの藩だというのだろう。
 何だかこういうところが山形県人の今ひとつ信用に足らないところのような気がする。福島の人間の方が何となく好きなのは、歴史の積み重ねのせいなのかも知れない。山形の人には申し訳ないけれども。

 堀粂之助が詠んだ

 神かけて誓ひしことの
 かなはねば
 ふたたび家路思はざりけり

 何とも泣けてきます。

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 龍泉寺から最上川を渡って駅方向へ。
 そこには常信庵が。
 常信庵は源義経の家臣佐藤正信の親子が祀れている寺院です。義経が平泉下向の際も佐藤兄弟を弔う為、ここまで足を延ばしたという伝説も残っています。
 境内にはその石碑が。
 また、境内には即身仏(佐藤兄弟の母である梅唇尼伝)が発掘され、その上に万年塔が建立されています。
 即身仏は非公開。源平の昔に時代が少し戻されました。

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 そのまま駅まで戻って、駅前にある新きねやさんの牛肉どまん中弁当を購入。
 この弁とは何しろ、新幹線ではチョー有名みたいで、早く買わないと無くなりますってずっと車内放送していたっけ。
 さすがに今日は満腹だから、これは明日の朝にでも食べようかな?
 でも、米沢牛どまん中ではなく、牛肉どまん中っていうネーミングが少し気になる。そういうことなんだろうなぁ。

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 米沢名物 牛丼弁当 牛肉どまん中 1100円。


おしまい

 駅のコインロッカーに預けてあった荷物を出して、ホテルまでは駅から徒歩。
 米沢の初日はこんな感じで終了です。
 小雨交じりの米沢の天気。
 暖冬はありがたいけれども、やっぱり雪国には雪が似合う。
 予報によると、明日も明後日も雨だとか。
 雪灯籠祭りはどうなるんだろう?
 とりあえず、米沢1日目、終了です。




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