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 毛利が造り、福島が直した広島城。
 最終的には、浅野氏が42万6000石という太守で幕末を迎えたそうです。

 その居城であった広島城の二の丸表御門。
 現在の表御門は平成元年の広島城築城四百年を記念して復元に着手し、平成3)年に完成したものだそうです。
 この平成の復元では、焼失後も残存した表御門の礎石上に昔どおりの工法によって往時の姿をよみがえらせたとか。
 
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 なかなか見事な城門ですが、城門に木造部分が多い。大丈夫だったんだろうか?
 
 門が木造なら、広島城の石垣が思いのほか低い。
 築城時の毛利氏は、もうこの城を根城に・・・なんて事は考えなかったのだろうか?
 もっともこの外には、三の丸、外郭と広大な広島城が広がっていたそうですが。

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 徳川の時代こそ平穏に過ぎた広島城も、幕末には長州征伐の前線基地とされ、日清戦争時には大本営にされ、しまいにはピカドンで。

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 日本で最後の最後まで実戦したのは、この城なのかもしれません。

 
広島城 城門はここです



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