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110521_104452_関ヶ原_小西行長陣地跡


 関ヶ原の開戦の地のすぐ脇には、小西行長の陣地跡がありました。




 小西行長って、不思議な武将です。
 なにしろ、境の商人の子供。

 はじめは宇喜多家の家臣だったそうだから、不思議な存在です。
 だから、宇喜多軍のすぐ手前辺りに陣を引いたのだろうか?

 秀吉に見出されて大出世。
 熊本を加藤清正と共に治めたり、朝鮮出兵では先鋒を務めたりと、経験豊富さが目立つんだけれども、何をどこでどう間違えたか、西軍についてしまった。
 商人上がりの小西行長は、石田三成と近かったことになっているけれども。

 関ヶ原では6000ばかりの兵を率いて、かなり奮闘したみたいなんだけれども、倍をはるかに超える小早川秀秋の裏切りで、水の泡。
 戦いの後に捉えられて、キリシタン大名故に斬首されたそうだ。

 大体、関ヶ原の戦い開戦の地の碑の裏側が陣地跡ってことになっている。
 開戦って、島津と井伊との間で火蓋が切られたことになっているんだけれども。
 本当にこの場所に陣地を張っていたのなら、島津じゃなく、小西との間で開戦したんじゃなかろうか?

 またまた、鹿児島あたりの政治的な何かを感じるけれども・・・。
 その後、滅んでしまっては、反論のしようもなしか・・・。


 小西行長。
 最後の最後の分かれ道を踏み間違えた武将って感じでしょうか?
 諸行無常ですね。

 

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