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110502_144603_足利_織姫神社


 太平記のふる里。
 足利の郷散歩です。




 足利に行ってみたいなぁって思ったのは何でだろう?
 震災、原子力の事故。
 太平な世の中を望んだからだろうか?

 正直、我が相模の国、鎌倉幕府を倒した相手の本拠地。
 今まで意識的に避けていた感じは確かにあるんですが。


 鎌倉幕府の最後のあたりから、室町幕府の成立や南北朝って、今ひとつ歴史的にきちんとした教育を受けた記憶がないです。
 天皇にまつわる微妙な時代だからなのか?
 南朝が正当と認められている現代、天皇に歯向かう不届き者の烙印を押された足利尊氏という人物。
 そのふる里をチョットのぞいて見ました。



樺崎八幡宮

 午前中、あしかがフラワーパークの藤を見て、何もそこまでと辟易気味。

 次の目的地は、樺崎八幡宮。
 フラワーパークからカーナビ設定で11キロ、25分の道のりと表示。

 田んぼと畑の中を結構走ったなぁくらい?国道293号線から山の中に分け入ったところに樺崎八幡宮は有りました。


110502_114218_足利_樺崎八幡宮


 樺崎八幡宮の創建は1199年(元治元年)、足利義氏がこの地に八幡神を勧請し足利義兼の御霊と合祀したのが始まりと伝えられています。
 もともとこの場所は、法界寺(樺崎寺)跡地。
 足利氏の祖で源義家の孫足利義康の子、幕府の御家人 足利 義兼が隠棲した場所。
 足利氏にとってはかなり大切な場所のようです。

 
110502_114256_足利_樺崎八幡宮


 こんもりとした丘の頂の境内にむけ、鳥居から参道が続きます。

 田舎ゆえの落ち着いた雰囲気。
 雰囲気がちょっと神がかている。

 日本の原風景がここにあり。といった感じ。
 未舗装の地面が多いので、風が吹くと妙に埃っぽい。

 それでも、ゆったりとした時間が流れています。


110502_114603_足利_樺崎八幡宮


 今日は近くの中学生風が写生大会みたい。
 オイラがガキの頃のように、遊び呆けているような生徒は一人もいない。
 田舎の子は忍耐強いなぁ。

 二の鳥居をくぐり、石段を上がると八幡宮。


110502_115149_足利_樺崎八幡宮

110502_115014_足利_樺崎八幡宮


 社殿は極めて普通だけれども、拝殿の歴史観というか、時間が立ったなぁという雰囲気は素敵。
 ご神木の杉の木が力強く見守っています。
 本殿の床下には、「足利義兼公御廟」の墓標が立てられているそう。見損ないました。


110502_120516_足利_樺崎八幡宮

110502_121216_足利_樺崎八幡宮


 境内には、樺崎寺の発掘作業が進められています。
 多宝塔の礎石などを見ることができる。
 こんな山の中に多宝塔か・・・足利氏の力はなかなかのものだったよう。

 足利氏御廟跡なども一段上がったところに。


110502_121539_足利_樺崎八幡宮


 うーん、全体の雰囲気では田舎の鎮守様と言った感じ。

 この感じはしかし悪く無いです。

 

光得寺 足利氏・高氏・南氏の墓石

 樺崎八幡宮の丘の向こう側。

 車で走れば目と鼻の先、5キロ10分程度の行程。

 ナビにない新しい道路ができていて少し迷ったけれども、まぁ、予定通りに到着です。


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 臨済宗妙心寺派の寺院。1254年足利義氏 開基、足利義兼開山と伝わる光得寺。
 本堂がわりと新しいのであんまり歴史は感じません。


110502_124037_足利_光得寺

110502_124046_足利_光得寺


 境内の脇に五輪塔が複数あるはずなんだけれども、ない。
 どこにも、ない。
 唯一の重要文化財だっていうのに、見当たらない。

 お寺がやっているっぽい、隣接した保育園の関係者風の人が通りかかったので聞いてみると、今は修理のためここには無いのだとか。


 あぁ、高師直。
 見たかったなぁ。


110502_124440_足利_光得寺


 うーん、残念。
 質問されたのは、今日で二人目なのだとか。
 そりゃ、ここに来るってことは・・・ねぇ。

 残念な思いで、光得寺を後にしました。
 


吉祥寺

 光得寺からは、2.5キロ程度。
 車で5分のあっという間の距離に吉祥寺はあります。


110502_125940_足利_吉祥寺

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 720年余前、源姓足利氏5代目頼氏(よりうじ)の創建で、頼氏の守り本尊を胎内仏とした聖観世音菩薩などが足利市の重要文化財に指定されているお寺。


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 小さいけれども雰囲気のあるお寺で、ちょっとした高台に建っているので集落を見下ろす感じ。
 建物自体はわりと新しく、時代感はないけれども、何となく何かを感じます。


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110502_131807_足利_吉祥寺


 参拝の人は誰もいない。

 境内を散策していると、郵便配達と牛乳屋の集金の人が社務所に訪れていた。
 牛乳配達って・・・昭和だなぁ。


110502_131922_足利_吉祥寺


 ここは、あじさいのお寺として有名らしい。
 流石にあじさには少し早すぎましたが。



平石八幡宮

 吉祥寺からは、山に囲まれた足利の街をまたいだ向こうの山腹といった感じ。

 街の向こう側といっても小さい町。
 距離にして7キロ、車で15分程度の道のりでした。


110502_134509_足利_平石八幡宮

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 足利氏4代目秦氏が幕府への出仕から引退し、足利に戻り、閉居して平石八幡宮を創建したと伝えられている神社。


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110502_135037_足利_平石八幡宮


 足利清風高校の脇に鎮座はしているんだけれども、本当にただの神社です。
 神社の社殿は様式的建築があるわけでもなく、正直小屋に近い。

 はるばる来たわりには・・・。

 何の変哲もない・・・。

 まぁ、そんなもんかな。



法玄寺


 足利の街中に入ります。
 織姫神社前の交差点を抜けると法玄寺がありました。

 外観はなかなか立派なお寺。

 約800年前、足利義氏の長男義純が母の菩提のために開創したといわれています。義兼の妻、時子の供養塔と伝えられる五輪塔があることで有名だそう。

 ふーんですね。


110502_140752_足利_法玄寺


 なかなか広い境内に車を止めて散策です。

 歴史有りげな三門、その向こうに結構新しそうな本堂。


110502_140931_足利_法玄寺


 参拝の人はほとんどいない。

 斜面地に設けられたかなりの規模の墓地には、時折人影が。
 観光のお寺と言うよりは、檀家とお墓を守るお寺みたいです。


110502_142122_足利_法玄寺


 北条時子の五輪の塔はガラスケースの中。

 政子の妹で、足利義兼に嫁いだ北条の姫だそう。
 以降足利氏は北条から正室を迎え続けたそう。
 鎌倉時代はそこそこいい思いをしていたはずの足利氏に、北条氏が滅ぼされるとは思ってもいなかったろうなぁ。


110502_141814_足利_法玄寺



 周囲には石佛等色いろあるんだけれども、何の説明も無いのでよくわかりません。

110502_142454_足利_法玄寺


 残念だけれども、観光のお寺ではなく、檀家とお墓を守るお寺なわけで、まぁ、致し方ないですね。



織姫神社

 法玄寺に車を停めたままで orz すぐ隣りの織姫神社へ。


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 1200年以上の伝統と歴史をもつ足利織物の守り神であり、足利前産業の守護神である織姫神社。

 織姫神社前の信号から、長い階段が境内へと続いています。


 石段下の信号脇に湧き水が出ていて飲むことができる。チョット飲んでみたけれども、かなり粉っぽく、今井水とは思いえなかったけれども、こういうのが街中にあるっていうのが、さすが機織りの街。
 何をするにも、やっぱり水が命だろうからなぁ。 
 
110502_143033_足利_織姫神社


 駅から徒歩20分程度の距離。
 足利の守り神ですから、そこそこ人の参拝があるみたい。

 今日も、数える程度だけれども、時々、参拝の人が石段を登り降りしている。


110502_143628_足利_織姫神社


 石段の途中には、八木節の故郷足利の石碑が。

 八木節って、どんなんだったっけ?にわかに思いつかない。
 最近の民謡の認知度って下がりまくりだから。
 

110502_143950_足利_織姫神社


 クタクタの足を何とか踏み出して石段を上がる。
 この石段は229段だそう。それ以上に大変に感じたのは、今日一日の行程がきつかったからかな?

 織姫山の中腹、結構石段を上がったなぁってところに、かなり広い境内と立派な社殿が。
 見ると、奥に駐車場借り・・・そういうことなのね。


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 織姫の神社ということで、縁結びが主なご利益。
 縁結び~~~~~~~~!
 微妙に期待はしますけれども、この参拝客の少なさでは・・・。

 小高い織姫山の境内から足利の街が一望!

 渡良瀬川を渡る鉄道橋が見事。

110502_145005_足利_織姫神社


 あぁ、足利ってこういう街なのかって・・・。
 綺麗なところだなぁ。
 でも、ここに住みたいとは・・・。
 


法楽寺

 法玄寺まで戻って。
 織幡神社の目の前には、森高の歌で有名な八雲神社があるんだけれども、参拝は明日に回して、本日は法楽寺へ。

 カーナビによると距離800m、1分程度の距離。
 途中、車がすれ違うのもやっとだろうというような道路沿いに日赤の病院があり、患者さんが縦横無尽に道を横切り、時折救急車などもやって来たりしてもうむちゃくちゃ。
 まぁ、ここで事故にあっても安心位のつもりなのかもしれないけれども。

 
110502_151412_足利_法楽字


 チョットわかりにくい曲がり角から少し坂を登ったなぁってなところに法楽寺はありました。

110502_151517_足利_法楽字

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 1249年(建長元年)に、足利義氏によって建立されたお寺は、どことなく銀閣寺風の建物。

110502_152540_足利_法楽字


 屋根が板葺きだった。
 なかなか珍しい。


110502_151848_足利_法楽字

110502_152213_足利_法楽字


 境内には足利義氏の墓所がある。

 建立の足利義氏は足利氏三代当主。
 父親は、二代足利義兼。
 三男らしいんだけれども、正室の子(北条時政の娘時子)であったため、家督を継いだ人物だそうです。

 承久の乱で三河国守護職を得た人物。
 太平記で三河国が重要な役割を担っていたけれども、ここが発端だったのね。

 樺崎八幡宮を造ったり、足利の街作りの祖のような人物。

 小さいながらも、きちんと整備されたお墓。
 地元ではかなり愛されているようです。

 
110502_153023_足利_法楽字


 法楽寺の周りには、美人弁天なるものがあり、参拝証明書を発行してくれるとかで、結構テレビなどでも取り上げられていたけれども、なんだか今日はやっていない。
 うーん、残念。



一日を終えて

 ということで、まずは一日目が終了です。
 後は、ホテルにチェックインして、足利の街に繰り出すんだけれども・・・。

 室町幕府を開いた足利氏の故郷見物ということで訪れた足利。
 田舎なれどもいい雰囲気。

 今日の予定には、足利学校とか、鑁阿寺とか、観光のトップメジャーが入っていないので、ちょっちイメージとは違うかもしれないけれども、やっぱり田舎の町です。

 そこに、こじんまりとした歴史的には決してビックネームではない寺院が点在している。といった感じ。

 そんなところを観光している人も少ない。

 でも、味があって良い街です。
 ゆっきり回るにはちょうどいいですね。

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