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110305_101842_下田_弁天社_s


 下田といえば、吉田松陰?下田の街では、吉田松陰の人気は絶大です。
 下田において、大概の場合の吉田松陰の敬称は松陰先生。下田にとっては、先生の敬称はやり過ぎな気がするけれども。
 そんな吉田松陰が黒船に密航を企てたのがこの弁天島から。
 大河ドラマ、龍馬伝でもロケ地になったとか、ならなかったとか?




 弁天島は吉田松陰が黒船に密航を企てた地。
 弁天島の弁天社には、しばらく潜んでいたとも伝えられます。

 果たして本当に密航だったのか?
 尊皇攘夷の長州藩の吉田松陰。
 単に、米人を殺害したかっただけなのでは?
 この辺りは本人にしかわからないことだけれども、こういうのを延々と考えることって、歴史の醍醐味じゃないかとも思います。

 
110305_101805_下田_弁天社


 どういうつもりで黒船に漕ぎ出したかは別にして、この場所から、吉田松陰が和船に乗り込んで漕ぎ出したのは事実。

110305_102927_下田_弁天島


 沖合に泊まる黒船はこんな感じに見えたはずです。
 沖合の白いコンクリートの建物は、たぶん無かったと思いますが。

 黒船も、今の時代、大した船じゃないけれども、当時は巨大な船に見えたんだろうなぁ。
 ドキドキのうちの船出であったことは確かでしょう。

 近くの公園には、松蔭とともに密航を企てた金子重輔の銅像が。


110305_102236_下田_弁天社吉田松陰と金子重輔像


 こうやってみると立派なんだけれども、彼ら、この後、密航の和船の中に刀忘れてきちゃって・・・。
 あり得ない。あり得なさすぎる。

 武士の魂を・・・・。


110305_102452_下田_弁天社吉田松陰と金子重輔像


 結局それが後で発見されて動かぬ証拠として捕縛されてしまうわけですから。



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