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100926_061914_静岡_駿府城

 静岡は駿府城から、東照宮へ。
 ついに家康殿、大団円の巻です。





静岡 朝散歩

 昨日見た、ガンダムの勇姿の感動を引きずりつつ静岡の朝散歩です。

 ホテルから、とりあえず静岡駅前へ。
 静岡が政令指定都市になったのって、ついこの間の気がするけれども、いつだったっけ?
 駅も駅前も、よそよそしい、すっかり政令指定都市の顔になっている。
 もっとも、6時前だから、人通りも殆ど無いんですけれども。


 そんな静岡駅前、やっぱり駅前ブロンズ像は徳川家康です。

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 家康殿は、子供の頃の像と大人の像の2体。
 下膨れの顔、骨太層で肉付きのいい体型。これがまたよく似ているんです。
 (本人だから当たり前か)

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 大人になって太る奴って、子供の頃から遺伝子で決まっているみたいな。

 まぁ、当時の写真が残っているわけでもなく、全部が後付の作業ですが・・・。


100926_054426_静岡市



 そんな地元の英雄、徳川家康も、岡崎城の時と同様、すっかりビル群にうもれて。
 静岡は岡崎と違って、政令指定都市だから、埋もれるビルの高さも尋常じゃない。

 本当にただの小さいヤツです。


 駅前から、地下道を通って駿府城へ。
 道々看板が出ているので、迷うことはありません。

 距離にして1Km弱・・・朝の散歩には丁度いい距離でした。


100926_060327_静岡_駿府城

100926_055945_静岡_駿府城

 
 たどり着いた駿府城は、巨大な濠ときちんと並べられた石垣が、なんとも品がある。
 びっちり積まれた石垣が見事です。

 どことなく江戸城の雰囲気と似ている気がするのは気のせいか?
 外堀と中掘がわりときちんと残っていることに驚き。
 この濠の間に、官公庁などの施設が置かれています。
 また、中堀の内側、旧本丸・二の丸は駿府公園として整備されています。

 朝早くから、市民の人達が沢山本丸で体操なんかをしいます。

100926_060145_静岡_駿府城

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 アップダウンの全くない平城の駿府城。
 市民が集まりやすいのかも知れませんね。

100926_060640_静岡_駿府城


 ランニングの人も沢山いて。
 お城跡って言うのは、市民の健康促進には重要な役目を持っているみたいです。


100926_062045_静岡_駿府城

100926_061914_静岡_駿府城

 
 駿府城内の家康殿の銅像はいかにも晩年って感じ。

 顔つきが悪そうな気がするのは、歴史をかんがみた結果の造形なのかな?

100926_062103_静岡_駿府城





市役所

 駿府城からホテルに戻る途中に、ものすごいモダンな建物が。
 なんでも、市役所の本館なのだとか。

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 新興宗教の建物かと思った。
 それくらい、モダンな建物なんです。

100926_065226_静岡市役所


 公共施設とは思えない。
 重厚ではなく洒脱ってかんじ。

100926_065211_静岡市役所


 ここをあえて重厚にしなかったのは、明治政府への配慮みたいなものでもあったのかな?

 モダン。
 いかにも徳川慶喜好みともとれるけれども。




東照宮

 市内を後にして、日本平へ。
 ここから、ロープウェイで久能山東照宮へと向かいます。


100926_101800_日本平



 駿府で晩年を過ごした家康は、元和2年(1616年)、4月17日に死去します。
 死因は鯛の天ぷらにあたったとか、胃がんであったとか、そもそも、すでに影武者だったなど、諸説入り乱れです。
 関ヶ原の戦で勝利し、大阪で豊臣を滅ぼし、磐石の徳川の世をつくっての死。タイミングが良すぎるきらいはありますね。

 その家康の遺言により、久能山東照宮に即日埋葬されたそうです。
 二代将軍秀忠によって社殿が造営され、三代将軍家光により日光東照宮に改葬されるまでこの地に眠っていたそうです。


100926_103948_久能山東照宮



 今でこそ、ロープウェイであっという間の東照宮ですが、本来は、1159段の石段を登ってこないと辿りつけない天然の要害。
 何もそんなところに埋葬しなくてもと思うんだけれども、よっぽど何か隠したいものがあったのだろうか?
 1159段の石段はいちいちご苦労さんという語呂合わせがあるとか・・・東照大権現もなかなかくだけたお人のようだが。
 平城の駿府城に対して、要害の意味合いもあったのだろうか?

 ロープウェイ駅から、参道まで来て。
 かなりショートカット出来ているはずなんだけれども、まだまだ残された石段にげんなり。

100926_104521_久能山東照宮

100926_104344_久能山東照宮


 石段、石垣。
 それらを全部昔は人力で運んだんだよなぁ。信じられないけれども。
 日光の東照宮は、辛いのは奥の院だけだけれども、ここはもう、拝殿までですらつらい。
 軽い気持ちで参拝なんて出来たものじゃない。
 神主などは、今でも毎日、1159段の石段を登って通っているらしい。ほんとうに、いちいちご苦労さんです。

100926_105106_久能山東照宮

100926_111231_久能山東照宮


 そうそう、東照宮の拝殿、石の間、本殿は2010年に国宝に指定されたそう。
 祝国宝指定!しかも、50年に一度の塗りなおしを数年前に終えたばかり。
 光り輝く拝殿の模様は日光に負けず劣らず見事な物。

100926_111548_久能山東照宮

100926_105313_久能山東照宮

 
 観光客の間から上がる、おおっていう歓声は、心からのものだろうなぁ。

 黒の漆塗りって、なんとなく権威の象徴のような気がするから。

100926_111313_久能山東照宮


 そんな拝殿に、ガンダムのプラモデルが奉納されていたのは笑った。
 そりゃそこに奉納しておけば良い宣伝だろうけれども、それって、なんだかずるい気がするなぁ。
 だいたい、家康殿にプラモデル奉納してどうするんだよ。
 なかなかズルイ、大人の事情ですね。


100926_105907_久能山東照宮


 で、本殿の裏へ回ると神廟が。
 ここに家康殿が葬られていた。

100926_105944_久能山東照宮


 雰囲気は東照宮のそれと似ている。
 神社の一番奥、落ち着いた場所に。

100926_110704_久能山東照宮


 お年寄りはなかなかここまで辿りつけないだろう。
 家康殿もなかなか残酷なことをする。
 お年寄りこそ、こういう所に参拝したいだろうに。

100926_110056_久能山東照宮


 特に静岡県民の方はねぇ。




おしまい

 2回に分けて、5日間。
 家康殿の足跡をたどった旅も、これにて大団円。

 若い時の苦労。熟年期の繁栄。晩年の老獪。
 一代で上り詰めた征夷大将軍。
 江戸時代の繁栄の礎。

 まぁ、指をおれば限りない徳川家康という人物。

 改めてじっくり感じることが出来た気がします。

 でも、やっぱり掴みどころのない狸。

 うーん、正直な感想は・・・よくわからないが本音です。

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