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2010.12.18
岡崎城の銅像
100919_055659_岡崎城

 徳川家康の生誕の地、岡崎城。
 その城内には、数々の銅像が・・・。



 家康の足跡をたどっての岡崎の街。

 生誕の地の岡崎城には、数々の銅像が置かれていました。


100919_055727_岡崎城


 そのなかで、最もかっこいいのが、♪朝焼けの光のなかに立つ影は・・・座っているけれども、本多平八郎忠勝の銅像。

 岡崎城は、江戸時代に本多家が治めていたのだとか。
 幾つかある本多家、岡崎を治めていたのが忠勝系本多家といい、その宗家初代が本多忠勝。
 徳川四天王の一人で、徳川十六神将、徳川三傑の一人です。

 三河の岡崎は家康の生誕の地であり、徳川譜代家臣団にとっても地元。
 その地を治められるんだから、石高こそ5万石程度と少ないけれども、地元に錦の誇らしさでしょう。

 何でも、平八郎殿はめっちゃ強かったらしく、いくつもの武勇伝が残されているらしいのですが、ここでは割愛。
 何しろ、この銅像をみれば、その恐ろしさが伝わるってものです。

 名前の由来が「ただ勝のみ」ってのもすごい話です。


100919_055736_岡崎城


 徳川の重臣っていうと、年寄りの感じが強いけれども、銅像はかなり若い。
 決死の活躍が伝わる姉川の戦いの頃のものだろうか?

 こんな奴に睨まれたら、ちょっとビビるなぁ。



 そして家康殿。
 そりゃ生誕の地ですからね。

 年代もまちまちで。


100919_054741_岡崎城


 まずは幼少の頃の竹千代の像。

 説明には、竹千代くンみたいな書き方がされているんだけれども、二人なんです。
 どっち?そんな事もうどうでも良くなっちゃってるのか?
 ただの、元気な子どもの像ですね。


100919_060633_岡崎城


 そして、若かりし頃の馬に乗った像。
 あまりに作りが雑というか甘いというか。
 強さのつの字も感じられない。

 ちょっと眼つきが怖い。

 鎌倉宮で見た、村上彦四郎義光像に似ている気が。
 急かされて造った感が丸出しのような・・・。

 そして、家康像のメインはこちら。


100919_055949_岡崎城


 家康のイメージといえばこの感じなんだけれども、でも、岡崎のお城に立つにはちょっと年を取り過ぎているような気がする。


100919_055859_岡崎城


 何しろ、岡崎を後にして、浜松に新天地を求めたのが29歳の時。
 ね、絶対29歳以下には見えないでしょ。


100919_060651_岡崎城


 そんな東照大権現、家康殿も現代となっては・・・。
 ただの小さいおっさんです。


 その他にも、家康殿関係だと、しかみ像もあったんだけれども、だから、それって、岡崎じゃないでしょ。

 もう、なんでもありなので、割愛します。orz
 
 

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