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100815_061422_木曽_朝散歩_s

 お盆に諏訪湖の花火を見に来ないかと誘われて、出かけることにしたんだけれども、最近諏訪も行き飽きたし・・・。
 ということで、今回は、先乗して、諏訪を通り越して木曽谷を下ることに。
 木曽谷といえば、そう、木曽義仲のゆかりの地です。



移動マップ






木曽義仲を訪ねて 出発!

 小雨交じりの早朝5時に横浜の自宅を出て・・・第三京浜から環八を伝って中央高速へ。

 今年は、8月15日が日曜日に当たるため、お盆の日程が今ひとつ立ちにくい。

 そして、休日高速道路1000円政策とも連鎖されて、絶対混むことも確実!

 ドキドキの早朝出発です。


 中央高速までは約一時間程度と順調に着たんだけれども、中央高速の下り渋滞は、相模湖を先頭に30Km。
 朝から相変わらずの大渋滞です。

 我慢の1時間強、相模湖インターを過ぎると渋滞も徐々に解消される。

 渋滞は解消されつつあるんだけれども、渋滞余波でSAは大混雑。

 結局談合坂には入れずに双葉SAで休憩。結構辛かった。


100814_082219_双葉SA


 双葉SAで微妙な桃カレーなるものを食べての休憩。
 詳細はこちら。
 「双葉SA 桃カレー」



100814_083116_双葉SA



 この後、道路は順調に進んで、諏訪湖の休憩では、とうもろこしも。

 地方に来るとやっぱりとうもろこしだな。

 ホクホクで美味しかったけれども、もう少し濃い味付けが出来ないかな?


100814_093554_諏訪SA


 中央高速は、岡谷から名古屋方面へ南下。

 リニアモーターカーのもめているルートで言うところの、通称伊那谷ルートって奴ですね。

 圧倒的に車が減る。

 こんな方に来るのは本当に久しぶりだ。

 まして、自分の車で・・・。


 伊那ICを出たのがほぼ10時。ここまで休憩含めて5時間か・・・。
 のどかな田園風景が広がる伊那の谷。日本の原風景って感じがする。


 伊那から国道361号、通称権兵衛街道を利用しての、山越えトンネル越えのルート。

 本来中山道は、塩尻から折れてくるルートで、昔はそれを通るのが一般的。
 そちらは、リニアモーターカーのルートで言うところの木曽谷ルートということになる。

 中山道本線、国道19号線も中央本線もこちらを回っている。

 権兵衛街道は、昔だと、伊那市坂下から、権兵衛峠(1523メートル)を越え、川入の谷を抜け、姥神峠(1277メートル)を越え、宮ノ越(木曽町日義)に達するというルート。

 今は峠という峠はトンネルで抜かれている。
 4Kmを越す権兵衛トンネルの開通が2004年だっていうからついこの間じゃないか。

 それまでは、山道うねうねルートだったのかな?

 木曽地方の人達の生活の苦労がひしひしと伝わってくる。

 でも、そんな苦労の結晶のトンネルも、車だからあっという間に通りすぎるんだけれどもね。


 権兵衛トンネル以外でも、いくつかのトンネルを抜けて、木曽谷へ。

 木曽路は全て山の中といった、島崎藤村の表現の正しさをいきなり実感させられる。

 伊那の谷よりも確かに山は迫って平地が少ない。

 米もろくに取れない地域だったのだろう。

 何しろ、源義仲が隠されて育てられた場所なんだから、へき地に決まっているんだけれども。



巴御前の巴ヶ淵

 国道361号線が伊吹山の裾で国道19号にぶつかる。

 どちらも、谷間、谷間を走ってきた道路が必然に交わるようなもの。

 神谷入口の交差点は印象的です。


 そこから、1,200m程進んで、イケタニを回りこむように県道259号へ。

 巴ヶ淵への看板に誘導されて中山道を降り、鉄道の高架をくぐった道の向こうが巴ヶ淵です。



100814_103446_木曽_巴が淵



 義仲旗揚げ祭りの幟がなければ、変哲もないところなんだけれども、5,6台分の駐車場とトイレが整えられているところを見ると、観光の人は結構訪れているということなのだろうか?

 駐車場には数台車が停まっているけれども、周囲に人影はなし。

 駅までも遠いし、一体何をしている車なんだろう?他に何って何も無いところだから。
 


100814_104931_木曽_巴が淵



 巴ヶ淵、緑が濃いです。

 流れる川の水はエメラルドグリーン。

 小雨交じりの天候で、ジメッとした空気なんだけれども、木々の緑にはこのほうが似合うのかも。


 ここに棲む竜神が、巴御前に変身したという伝説が残る地。

 確かに、伝説の地と言われると、その通りと言わずにいられない。


100814_103403_木曽_巴が淵



 川をまたぐ鉄道がまたいい雰囲気。

 すべて山の中と言われた木曽路の最初の景勝の地。

 今後への期待が膨らみます。
 



南宮神社

 巴ヶ淵の散策を終える。

 巴御前の伝説の地は、神秘的でもあり、これから木曽をめぐる最初の場所としてはピッタリだった。

 そんな巴ヶ淵から、もう一度国道に戻って、目と鼻の先、国道から急角度に一本入った脇道に南宮神社はありました。


100814_110532_木曽_南宮神社



 これは、美濃国一の宮の南宮神社を勧請したものだそう。この神社は養蚕の神とされていて、養蚕の盛んだった頃は、木曽中から参拝者が絶えなかったそうです。
 そもそもは、「古宮平」という所にあったらしいのだけれども、義仲が柏原に築城の際、今の場所に移したそう。

 伝説が真実なら、義仲とは深い関係にあるって考えていいのかな?

 それとも、こじつけみたいな話なのかな?


100814_110648_木曽_南宮神社



 国道からチョット入っただけなのに、雰囲気は一変します。

 もっといろいろな伝説があるような・・・そんな社の雰囲気。

 土俵があるんですよ。土俵。

 まだまだ地方では、相撲が人気なのか?

 お祭りとかで、地域の子供達が相撲をとるのかな?
 まさか、モンゴル人とかブルガリア人とかっていないだろうなぁ。

 なんだかこういうのって、いいなぁ。


100814_111111_木曽_南宮神社



 杉林に囲まれた神社。

 山からの小川、水の豊富さを感じる。


 苔の緑が濃いのが特徴。


 ひとけが全然ないんです。

 そんなところにある神社。

 神秘・・・義仲伝節も、まんざらじゃないな。




平家打倒へ 旗挙八幡宮

 旗揚げ神社です。


100814_112727_木曽_旗揚げ八幡宮



 南宮神社からすぐ目と鼻の先。ここも、国道から一本入ったところに位置します。

 この辺り一帯が、源義仲の屋敷跡で、治承4年(1180)に以仁王の令旨を受けた義仲が、ここで平家追討の旗挙げと戦勝祈願を行ったことから名前がついたそうです。

 義仲の元服の儀式もこの境内で行われたそうで、その際に植えた大ケヤキは義仲元服ケヤキと呼ばれているが、そのケヤキも残念ながら折れてしまっているみたい。

 鎌倉の八幡宮のイチョウ同様、大体、これくらいの年月が限界なのかな?


100814_112706_木曽_旗揚げ八幡宮

100814_112839_木曽_旗揚げ八幡宮



 旗挙八幡宮は、義仲屋敷跡ということもあり、ひらけた場所にあります。

 国道と鉄道に挟まれた場所は、この辺りでは珍しい田んぼもあり、やっと人が住んでいる場所に来たって気になる。

 人里に対しては、一番の高台にあり、義仲の屋敷跡ってこんな感じだったのかな?って思えます。

 
100814_113013_木曽_旗揚げ八幡宮

100814_113338_木曽_旗揚げ八幡宮



 それでも、ここにもやっぱり人っ子一人いない。


 義仲は、この場所に1000騎を集めて平家打倒の旗揚げをしたそう。1000騎ポッチでよく旗揚げなんてしたものだって、ここに来るまでは思っていたが、この場所にきて始めて分かった。
 よくこんなところで1000騎も集めたものだ。
 こういう事って、本当にこの場所にきてみないと分からないことだから。


100814_113447_木曽_旗揚げ八幡宮

100814_113226_木曽_旗揚げ八幡宮



 今日は、何でも、旗揚げ祭りっていいうのがあるらしく、色々なところに告知が出ているんだけれども・・・。

 木曽義仲の旗揚げ祭りの会場って、旗揚八幡宮じゃないんだ。




木曽義仲館

 旗挙八幡宮から、人里に突入!

 木曽における義仲観光のメインイベンターがここみたい。

 まぁ、言ってみれば、唯一の観光館で、義仲の歴史などを紹介している所。

 本日の旗揚げ祭りのメイン会場もここらしく、人々が夜から始まるらしい祭りの準備に忙しそう。

 館前の道には屋台の準備。まだ始まらないのかな?


100814_114804_木曽_義仲館



 祭り準備の人も結構いるんだけれども、観光の人も・・・数人。

 木曽の観光で義仲って・・・あんまり人気無いのかな?

 征夷大将軍の威光も、遺構も、以降の人々には関係ないみたい。


100814_114715_木曽_義仲館



 広場には舞台まで付いている義仲館。

 観光施設というよりも、コミュニティーセンターに近いのかな?

 
100814_114952_木曽_義仲館



 資料館の正面には義仲と巴御前の銅像が。

 微妙に誰かに似ているような気がするが、気のせいかな?

 しかし、奥さん強そうだな。


 資料館の入館料は300円。

 資料って言ったって、写真もフィルムもない時代の話。

 絵と蝋人形がメインか・・・300円ね。


 帰りに受付のおじさんが、時間があるようなら徳音寺も見ていってねと説明された。

 色々説明とかしてくれたんだけれども、ほとんど忘れた。orz
 



徳音寺には、義仲の墓

 義仲館の受付のおじさんに教えてもらった徳音寺は、すぐ裏山って感じなところにあります。

 このお寺は、仁安3年(1168)に義仲が病没した母小枝御前をともらうために建立したもので、一族の菩提寺だそう。

 確かに、道路から山門までの雰囲気は超一流の雰囲気をかもします。


100814_120912_木曽_徳音寺



 境内、木曽義仲公霊廟には、木曽一族郎党の位牌が祀られている。

 木曽一族と言われても、今となっては・・・ねぇ。



100814_121501_木曽_徳音寺



 それでも、さすがに義仲の菩提寺、参拝の人がそこそこ居ることに驚き。

 驚きってことはチョットばかにしているかも知れないけれども、それくらいここまでに人気を感じなかったから。


100814_121635_木曽_徳音寺

100814_121726_木曽_徳音寺



 境内はそんなに広いわけではなく、コンパクトにまとまった雰囲気。
 
 本堂裏には、義仲を始め、母小枝御前・今井兼平・樋口兼光・巴御前の墓が並んでいる。

 義仲といえば、大津市義仲寺の墓が有名だけれども、ここにも・・・あるのね。

 なんとなく湿気が多いお墓の周り。

 緑が生えて、雰囲気がいいです。
 
 
100814_124408_木曽_巴庵


 徳音寺の義仲墓所の参拝を終え、義仲館まで戻って、併設されている巴庵で蕎麦をいただきました。
 一人前500円のざるそばは、コストパフォーマンス抜群。
 味よりも、雰囲気のいい地元の土産物屋っていうほうが、ピッタリかな?
 「義仲館の巴庵で頂いた蕎麦」




中原家の菩提寺 林昌寺

 巴庵でお蕎麦をいただき、旗揚げ祭り準備中の義仲館を後に、国道まで出ると、林昌寺です。

 林昌寺は、中原兼遠開基で、中原家の菩提寺でもある。


100814_130307_木曽_昌禅寺



 中原兼遠は木曽地方の豪族。
 木曽義仲の父義賢は伯父源義朝と対立し、大倉合戦で討たれてしまった。当時2歳だった義仲(幼名駒王丸)は義平によって、殺害されようとするが、畠山重能・斎藤実盛らの計らいで乳母父である中原兼遠に抱かれて信濃国木曾谷に逃れ、ここで、中原氏により育てられた。

 義仲は、頼朝と違い、平家によって木曽に流されていたわけではなく、源氏同士の戦いから、逃れてきていたんですね。

 義仲の父は、頼朝の父源義朝の異母弟。
 どうも複雑で関係がよくわからない。


 まぁ、そんなこんなで、義仲を育てた中原兼遠。

 中原兼遠の娘は、巴御前で、もう一人の娘(山吹御前、もしくは葵御前)は義仲の長男義高を生んでいる。
 義仲とは切っても切れない関係ですね。


100814_130239_木曽_昌禅寺



 その中原兼遠の菩提寺が、林昌寺。

 国道沿いのお寺は、山門?も本堂も新しいもので、ちょっと雰囲気が・・・。

 まぁ、そんな鎌倉以前のものが残っているって思う方がおかしいんだろうけれども、でも、なんとなく期待しちゃいますよね。


100814_130902_木曽_昌禅寺



 案内の矢印に従って、中原兼遠の墓にたどり着くと、その墓石の雰囲気はやっぱりいい。

 少し朽ち気味な墓石。もう、1000年近くここにあるってことか。

 誰一人以内お寺の境内から、木曽の山々を眺めながら・・・。




道の駅 日義木曽駒高原ささりんどう館

 道の駅で休憩。

 道の駅日義木曽駒高原ささりんどう館。
 現在の木曽町になる前に、この辺りに日義村っていうのがあったそう。

 朝日将軍の日に義仲の義で日義。

 木曽は義仲一辺倒です。

 
 本当は、国道沿いの旗揚げそば源氏ってところで、蕎麦を食おうと思ったんだけれども、大混雑。
 駐車場が順番待ちの人で埋まっていた。

 すごいなぁ、こんなに混むんだ。

 で、すぐ隣お道の駅に滑り込んだってのが真実です。

 決して、大きくもなく、施設が充実しているってわけではないんだけれども、なんとなく温かみがある道の駅です。


100814_132127_木曽_道の駅日義



 木曽牛コロッケ食べて、
 「道の駅 日義木曽駒高原りんどう館の木曽牛コロッケ」

 蕎麦食べて、
 「道の駅 日義木曽駒高原ささりんどう館 お食事処巴の蕎麦」

 とうもろこし食べて。
 「木曽のとうもろこしはめっちゃ旨かった」

 大満足。



 ぼーっと木曽の空気に触れていたら、雨が降ってきて、だんだん強くなってきたなぁって思ったら、豪雨。

 山の天気は変わりやすいっていうけれども・・・こんなに急変するとは・・・っていうほどの雨に。

 
100814_135536_木曽_道の駅日義



 この雨じゃ、今日の観光はここまでだなぁ。

 なんか、吹っ切れた感じ。

 別にまだどこを回ろうとかっていう確固とした思いは別にないから。

 さて、旅館にでもしけこもうかな?

 それには少し早いだろうか?



王龍の湯でひとっ風呂

 道の駅で周辺の観光案内を見ていると、今日の宿の滝旅館の奥に、玉の湯という温泉施設があるらしい。

 ここまでの木曽観光は、義仲の足跡をたどるということで、まぁ、乗り物のない時代だったから、全てが近所を廻っていたんだけれども、これからは、チョット離れたところになるみたい。

 でも、そこに行こうか・・・ということで、国道19号を離れて、王滝村へ、山の中へ中へと入っていくことに。


 国道19号を離れて、大滝川沿いに奥へ奥へと。

 強く降っていた雨が普通の降りに変わって・・・19号を離れて、県道20号を走っているんだけれども、ドンドンとひなびた雰囲気になっていく。

 この道路は、木曽福島から、御嶽山の麓を、開田高原まで抜ける間道で、途中に点在する御岳山山麓のスキー場へ向かうための冬の観光道路みたい。

 道路は綺麗なんだけれども、人の少なさは、国道沿いとは比べ物になりません。


 川幅が広いなぁとおもったら、木曽ダムというものでせき止められたダムらしい。

 その奥には、御岳湖が控えている。御嶽山の伏流水と高低差を利用した、一大水力発電地帯みたい。

 途中、道の駅三岳があった。この辺りは、人は少ないけれども、道の駅の密度が多いと思う。

 途中、ロープウェイ方面へと伸びる県道の20号と別れ、256号に乗換。

 そのまま、御岳湖をかすめて王滝村方面へ。



 王滝村の入り口に今日宿泊予定の滝旅館の看板を見つけたときには、なんとなく安心した。
 ここまで、国道19号を離れてすでに30分以上。

 でも、あまりに小さい王滝村の街。夜が不安になる。

 そのまま、王滝村を越え、途中、山道を奥へ奥へ。

 最初のうちは舗装路だった道が、やがて、未舗装に・・・それも、泥道と砂利道の合わせ技。

 あぁ、オイラの新車の車にはね石がパチパリと当たる音。なんでこんなところに来てしまったのか、自分で選んだ道ながら、後悔!

 あと少し、あと少しと思いながら、やっとたどり着いた大滝の湯。王滝村からは、15分程度だったんだけれども、あまりのきつい山道と新車という事情でチョット凹み気味です。


100814_154324_木曽_王竜の湯



 山道のどんつきにある王滝温泉。

 なんでこんなところにっていうようなところ。

 たとえ源泉がここに湧いたとしても、舗装道路まで持ってきて湯船を作るっていう発想はなかったのかな?

 そんな山の中にある温泉、しかも、雨。お盆だけれども、広大な駐車場というか、空き地にと寝られた車は、3,4台。
 そのうち1台は、管理のおやじのものだとすると・・・。

 湯船は独り占めだったから気持良かったけれども、温泉の善し悪しはよくわからないなぁ。

 木造板張りの温泉、湯船で、昔なら感動したのかも知れないけれども、渋御殿温泉を体験しちゃったから、感動もあまりない。

 っていうか、はね石で塗装ハゲがないかどうかが心配で、ゆっくり風呂なんて入っている場合じゃなかったのは事実です。
 



藤村ゆかりの滝旅館

 温泉でひとっ風呂。
 王滝村まで戻る。

 王滝村はもうほんとうに小さい小さい村。
 一応商店街らしいものはあるんだけれども、店は、3,4軒のみ。

 中心地というよりは、集落という表現が一番。
 でも、ここに役場はあるし、学校もある、消防もある。

 村の人達は、全員が公務員なんじゃないのってほど、公共施設しか無い。
 そんな村です。

 そんな村の唯一の宿泊施設(かな)、本日宿泊の滝旅館。

 藤村ゆかりの宿らしく、小説夜明け前にも登場するのだとか。

 
100814_172634_木曽_滝旅館



 たどり着いた滝旅館は、なんとも複雑に建物がつながった、純和風の旅館。

 大雨に降られて早い時間から宿の入ったため、まだ、他のお客がついていないため、宿の中は閑散としている。

 複雑につながった建物の、最も道路沿いの二階の中程の部屋に通される。

 
100814_172426_木曽_滝旅館



 昔ながらの旅館。旅館というよりは旅籠の方が有っている。

 何しろ、隣の下手との隔ては襖なんです。
 壁じゃない。開かないようになっているとはいえ、紙ですから。
 隣に人が来ら、声はまる聞こえじゃないかな?
 そんな畳の部屋のど真ん中に引かれた布団が、なんとも古臭い光景。

 まぁ、寝るだけだから良いんだけれども。


100814_161208_木曽_滝旅館



 風呂も入っちゃったし、晩飯まではまだ時間があるし。
 
 宿の玄関脇の自販機で買ったビールを飲みながらテレビを見ていると、どんどん宿泊客がチェックインしている。


100814_161705_木曽_滝旅館



 改めて知った。この宿って、木曽御嶽信仰の宿なんだね。

 御嶽信仰のお客さんが沢山。

 一階の部屋っていう部屋に5,6人詰められている感じは本当に江戸時代の旅籠って感じ。
 昔から、ずっとこんななんだろうなぁ。
 藤村の頃はどうだったんだろう?


100814_160846_木曽_滝旅館



 今日は宿泊と朝食だけをお願いしているんだけれども、夕飯の雰囲気ってどうなんだろう?

 御嶽信仰の人達がこんなにいるって、宿の雰囲気上に驚きでした。




王滝食堂で晩飯を

 宿泊の滝旅館では、夕飯をつけていないので、村の繁華街(すごい表現だ)の唯一の飲食店である大滝食堂で夕飯を・・・

100814_173114_木曽_王滝食堂



 その詳しい模様がこちらから。
 「王滝食堂のいのぶた丼が旨くって」



王滝村 朝散歩

 夕べは少し飲み過ぎたかな。

 それでも、朝は早起きです。

 襖一枚隔てた向こうに誰かが寝ているって、なんとも不思議な感覚です。


 そんな人達を起こさないようにそ~っと部屋をでる。

 何しろまだ6時前だから。

 7時半からの朝食まではまだ時間もあるし・・・1時間ほど散歩でもしようかと思って。


100815_070432_木曽_朝散歩



 夕べまでの雨が上がった王滝村は、潤い充実って感じ。

 何しろ、山の中、潤いの森林浴です。


100815_071621_木曽_朝散歩



 木々から立ち上る水蒸気。

 それがまた雲になって、雨が降る。

 湖まで行って、もどってくるだけの散歩だったんだけれども、なかなかいい感じでした。

 ちょうどお盆だから、集落に全然人がいない。

 さすがにこんな日からは働かないんだろう。

 それがまた、集落の雰囲気になっていた。


100815_083752_木曽_滝旅館



 木造家屋。

 確かに、オイラのガキの頃って、日本中がこんなだった気がする。
 
 ふらふらとして、宿に帰って朝食。

 いやー、旨かった。

100815_074256_木曽_滝旅館





興禅寺で閉じ込められて

 王滝村の宿を出て、昨日うろうろした、木曽の中山道沿いまで戻る。

 早朝ということで、道路は空いている。

 ワインディングが気持ちいい。


 木曽福島まで行って、今日はまず、興禅寺を観光することに。

 興禅寺は、木曽氏と山村氏の菩提寺で、木曽三大寺の1つ。
 1434年(永享6)に、木曽家12代信道が、先祖の木曽義仲のために建てた寺だそう。


 よってここにも、木曽義仲の墓がある。
 もう、木曽は義仲の墓だらけだ。


 たどり着いた、興禅寺は、駅から少し山に入ったようなところ。

 なんだか、駐車場の交通整理みたいなおっちゃんに導かれて特設の駐車場の奥に案内されて駐車。
 これがやがて悲劇を生むことに。
 この時はまだ気がつかない。


100815_093129_木曽_興禅寺



 正面の山門に回ってみる。

 やっぱり山門をくぐって参拝しないとなんだか落ち着かないから。

 凄い趣きのある山門。


 確かにこれは、木曽氏の菩提寺っていう雰囲気がする。

 本堂から、お盆のためか読経が聞こえてきて、ますます、雰囲気を盛り上げる。


 興禅寺は、山門、本堂、義仲の墓を参拝する分には無料なんだけれども、自慢の庭園を見るためには、500円の拝観料が必要。

 何でも、日本一広い枯山水の庭園があるのだとか。

 これは、拝見しなければと、500円を支払う。


100815_094950_木曽_興禅寺



 気持ちばかりの宝物殿をちらりと見て、枯山水の庭に。

 おお、広い!
 
 意味はわからないけれども、なんだか落ち着く。

 訳がわからない奴が見てやっぱり落ち着くってところが芸術なんだろうなぁ。

 解説とかいらないんだよね。本当にいいものには。


100815_094815_木曽_興禅寺



 小雨が降ったりやんだりの天気っていうのが、枯山水を水墨画のようにしている。

 この風景を独り占めっていうのも、なんとも贅沢です。



100815_095533_木曽_興禅寺



 庭園を見て、本堂に。

 お盆の法要なのか、沢山の人が本堂にいる。

 卒塔婆を受け取るために待っているみたい。

 一気に檀家を集めて、卒塔婆にお経を行っている。

 この地方独特なものなのかな。お寺と檀家が密なんだな。


 その本堂前には、義仲お手植えの二代目時雨桜が・・・。

 二代目って・・・?


 檀家でないので、本堂のお経には興味がない。

 本堂裏の義仲の墓へまいることに。


100815_100258_木曽_興禅寺



 まぁ、木曽といえば義仲、義仲といえば木曽。


100815_100400_木曽_興禅寺



 巨大ではないけれども、キチンと整えられている。


100815_100455_木曽_興禅寺



 まぁ、ここも形だけのお墓なんだけれどもね。


100815_100636_木曽_興禅寺



 義仲の墓参りも終え、駐車場まで戻ると・・・・詰められるだけ詰め込まれた車で、車を出すことが出来ない。
 そういう事だったのか・・・。

 お盆の読経が終わらないと、檀家が帰らない。檀家が帰らないと車が出せない。

 明らかに観光客の格好のオイラの車を何でこんな奥に入れさせるのか、交通整理をしていたオヤジの野郎・・・って、今から恨んでも仕方がない。

 お盆の行事はいつまでやっているのかって聞いたら、お昼ぐらいまで・・・って、まだ2時間もあるじゃないか。

 何してろっていうのだ。

 仕方が無いので、他のところに歩いて観光に・・・タクシー代くらい請求したいところだ。
 



代官屋敷

 木曽福島の観光地といえば、藤村ゆかりの高瀬家、関所跡、代官屋敷くらい。

 しょうが無いので、観光することに。もう、木曽義仲も何もかも関係なくなってしまった。


 街の高台にある興禅寺から、あるいて、街の中心方面へ。

 途中、小雨とはいえ雨がふりだして、ムカつき感がますます増加。



100815_102830_木曽_山村代官屋敷



 1.5Km位歩かされたかな?

 やっとの思いでたどり着いた代官屋敷。

 木曽の代官ってのは、代々、山村氏が務めている。

 そもそもは、家康ので木曽の地に根づいていた山村氏は、尾張藩が木曽を治めるようになると、尾張徳川家の家臣に。

 結構幅を効かせていたらしく、代官屋敷も当時はものすごい広さだったのだとか。

 近くの小学校までもが代官屋敷の敷地だっていうから大したものだ。


100815_104446_木曽_山村代官屋敷



 ただ、何しろ、尾張藩の木曽の代官屋敷の跡。

 見所って・・・かなり厳しい。

 自慢の庭園もそれほど大したものじゃなかったしね。

 3,4組みくらいの別な観光客の人達もいたけれども、反応は芳しく無さそうあったなぁ。


100815_105447_木曽_山村代官屋敷



 まぁ、悪代官の家程度の認識で。




藤村ゆかりの高瀬家

 悪代官屋敷から、やっぱり1Km異常歩いただろうか。

 木曽の関所と並んで、藤村ゆかりの高瀬家があります。

 まずは、高瀬家を見物!

 道路沿いから、細く長いつづれ折りの階段を上がると高瀬家です。


100815_105726_木曽_高瀬家



 案内板の説明によると、高瀬家は、文豪島崎藤村の姉"園"の嫁ぎ先で、作品"家"のモデルとして知られています。とのこと。

 知られていますって言われちゃうと、知らないこっちは少し赤面。

 園は作品「家」に登場する「お種」であり又、「夜明け前」の「お粂」だそう。

 どちらの作品も読んだことがないこちらとしては、申し訳ない限り。

 そんな奴の観光ですから・・・。


100815_105957_木曽_高瀬家



 受付を兼ねた母屋は、今も人が住んでいるみたい。
 それが、高瀬家の人なのかどうかはよくわかりません。

 庭の端にある土蔵の蔵が展示室を兼ねている。


100815_110441_木曽_高瀬家



 村の歴史とか、藤村のゆかりのものなどが置かれているんだけれども、残念ながらあまり興味がない。

 何しろ、本を読んでいないから。

 こういう事になるのなら、夜明け前くらい読んでから来るんだった。


 庭がよく手入れされていて、藤村ファンには、聖地と言ってもいいのかな?




木曽福島関所跡

100815_110837_木曽_木曽福島関所



 そんな高瀬家のすぐ隣が、木曽の関所跡です。

 中山道の中間点、先程まわった代官屋敷ってのは、ここ、木曽福島の関所の代官だったってわけ。


100815_111240_木曽_木曽福島関所



 代官屋敷に比べて、関所の思いのほかしょぼいのに驚き。

 日本三大関所の1つだそうだけれども、江戸への備えの関所にしては、チョットとおすぎる気が。

 どちらかというと、尾張藩のためのものだったのだろうか?


100815_111328_木曽_木曽福島関所



 どうしても、箱根の関所と比べてしまう。

 そうすると、やっぱりしょぼい。

 お白洲や建物などが微妙に残っているけれども・・・。


100815_111723_木曽_奈良井の街



 しかし、関所ってどれくらい機能していたんだろう?

 ここを通らなくても、山道づたいに迂回すれば、なんとでもなるような気がするのだが。

100815_112744_木曽_奈良井の街



 まぁ、難しいことはよく分からないんだけれども。


 

奈良井の街並み

 なんとも、観光施設と言ってしまうには押しの弱い木曽福島の観光施設を回っている間に、いい時間になった。

 とりあえず、興禅寺まで戻ると、読経もちょうど終わったところ。

 なんとか、車も出せるようになって・・・。

 なんとも無駄な時間を使わされてしまった。


100815_125955_木曽_奈良井の街



 時間も時間なので、最後の観光の場、奈良井の宿場町へと移動。

 道路は常にすいています。

 奈良井の駅側からのアプローチ。

 猫の額ほどの駐車場があるんだけれども、満車。仕方が無いので路駐。

 国道沿いの、何とかっていう道の駅に停めるのが奈良井の観光の正統派なのかな?


100815_125759_木曽_奈良井の街



 観光前に駅前の蕎麦屋で蕎麦でもと思ったら、混雑で断念。

 もっとも、なんだかメニューも美味しそうじゃなかったんだけれども。

 しばらく進んで、ふる里という蕎麦屋を見つけた。

 なんとも雰囲気のいい蕎麦屋で、結構すいていそうだったので入店。

 その際の詳しい模様はこちら。
 「奈良井宿の「ふる里」で、ざるそば大盛り」



 蕎麦食べて、五平餅食べて満腹。

 奈良井の街をぷらぷらと歩く。

 観光客がたくさんいる。木曽福島あたりをうろうろしていたのとは雲泥の差。

 どこにこんなに人が隠れていたんだろう・・・。

 観光地の魅力の違いなのだろうか・・・。

 
100815_130803_木曽_奈良井の街



 数百メートルに渡って、町並みを残す奈良井。

 なんだかタイムスリップしたように感じさせてくれる。

 観光としては、トップクラスに楽しい。


 町並みを残すって、たまに尋ねる観光客からするといいんだけれども、住んでいる人にとっては大変な苦労だろうなぁ。

 雰囲気を壊すわけに行かないし、観光客はじろじろ見るし。

 商売などをやっていて、観光に依存した生活をしている人はいいけれども、全く関係ないっていうか、普通の人だって多いはず。
 そういう人の協力なくして、奈良井宿は成り立たないはず。

 大変なことだろうなぁ。


100815_133305_木曽_奈良井の街



 奈良井の宿場町。

 行って帰って1時間以上。

 見応え充分です。
 

 
おしまい

 お盆の木曽観光でした。

 木曽なんていう地方に、普通は用事がないから、ます行くこともない所。

 中央高速を塩尻で折れて降りていくなんて、まず無いから。


 思い立って行ってみて、うーん、やっぱり観光ってことで言うと微妙なところでした。

 木曽義仲一辺倒だしね。

 唯一の地域の有名人なんだろうから仕方が無いかも知れない。

 でも、業績から、生涯など、思いのほかメジャーでもないから、史跡を訪ねてもよく分からないのが残念。

 よく勉強してから行かないと、駄目っぽいです。


 まぁ、木曽路は全て山の中。

 この表現だけは事実。

 森林浴にはもってこいの場所でした。

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